[顔画像】上白石 萌音 なぜ歌や芝居がうまい?びっくりする幼少期のメキシコ生活!

上白石 萌音さんが今のような大スターになったのは、どうしてか、そして人気のある女優、歌手にどのようにしてなったのか、誕生からその経歴をたどってみます。

プロフィール

出典:ホットペッパービューティー

上白石 萌音(かみしらいし もね)さんは、1998年平成10年〉1月27日生まれ。

日本女優タレント歌手ナレーター

本名は同じで、鹿児島出身。

妹は女優、歌手の上白石萌歌さんです

幼少期を鹿児島県串木野市(現:いちき串木野市)で過ごした後、2005年(小学校1年生)に鹿児島市へ転住する。

転校したことで小学校2年生の頃はクラスに馴染めず、保健室登校をしていたという。

小学校3年生から3年間、父親の仕事の都合でメキシコへ移住。

そのため、8歳にしてスペイン語と英語を話すトリリンガルになった。

メキシコでは日本人学校に通っていた。

帰国後、2011年(中学校1年生)の時にミュージカルスクールの教員の勧めにより受験した第7回『東宝「シンデレラ」オーディション』にて審査員特別賞を受賞し東宝芸能へ所属。

中学時代は週末に鹿児島から東京まで通いつつ仕事をこなし、実践学園高等学校普通科への進学を機に母・妹とともに上京。

幼少期の上白石萌音

出典:オリコンニュース

生まれた家庭:教師一家の温かくも厳格な環境

上白石萌音さんは、1998年1月27日に鹿児島県いちき串木野市(旧:串木野市)に生まれました。

家族詳細
父親中学校の社会科(歴史)教師。教育論文コンクールで奨励賞を受賞するほどの実力者
母親元音楽教師。萌音さんを出産後は自宅でピアノ教室を開く
女優・歌手の上白石萌歌(2歳年下)

両親は揃って教育者であり、「とても厳しかった」 と姉妹が口を揃えて語っています。

幼い頃に言うことを聞かずにふざけていたら外に出されてしまい、姉妹で背中を抱き合いながら大泣きしたというエピソードも残っています。

萌音さん自身は「両親から正論を言われ、どちらかにすがることができないから、自然に姉妹で助け合うようになった」と幼少期を振り返っています。NIKKEI / NEWS POST SEVEN


母の影響で始まったピアノと、音楽との最初の出会い

母親が自宅でピアノ教室を開いていたことから、萌音さんは幼稚園から小学校にかけてピアノを習い始めました。

しかし本人は「椅子に座ってじっとしているのが難しくて…落ち着きのない子供だったんです(笑)」と振り返るように、やがてピアノよりも歌って踊ることに強い興味が移っていきました。

この元気いっぱいの性質こそが、のちにミュージカルへの扉を開くことになります。

全国楽器協会インタビュー


幼少期の悩み:内気だった少女時代

実は、今の天真爛漫な印象からは想像できないほど、萌音さんは幼少期に非常に内気な性格でした。

「学校に行くんですけど、教室に入れなくて保健室登校。どんどん人が怖くなっていくんですよ」

小学校2年生のとき、転校したことでクラスになじめず、保健室登校をしていた時期があったと明かしています。

家ではにぎやかなのに、学校では静かになってしまうという二面性があったといいます。

サンスポ / スポーツニッポン

メキシコ移住

出典:ハフポスト

人生を変えたメキシコ移住(小学3年〜5年生)

内気な性格だった萌音さんを大きく変えたのが、父親の仕事(遠隔授業の研究のため現地日本人学校に赴任) に伴う、3年間のメキシコ生活です。

小学3年生(萌歌さんは1年生)のとき、姉妹は家族4人でメキシコへ渡りました。現地の日本人学校に通いながら、陽気なメキシコ人たちと触れ合う中で、萌音さんの性格は劇的に変化します。

  • トリリンガルへ:8歳にして日本語・英語・スペイン語を操れるようになる
  • 音楽への目覚め:街中に歌と踊りがあふれる環境の中で、エンターテインメントの魅力を再認識
  • 人との繋がりへの喜び:「人と話すのって楽しいんだな」と感じるようになり、内気な性格が一変
  • 帰国後の驚き:3年後に帰国した際、周囲から「本当に変わったね!」と随分驚かれるほどの変化

「メキシコで、人生で初めて自分の殻を破った感じがしました」

NEWS POST SEVEN

歌や踊りとの出会い


歌と演技の習得:マリアミュージカルアカデミー

帰国後、歌って踊ることが好きだった萌音さんは、7歳頃から鹿児島の名門ミュージカル教室である**マリアミュージカルアカデミー(主宰:瞳まりあ先生)** に通い始めます。

マリアミュージカルアカデミー

ここで萌音さんは歌・ダンス・演技の三位一体の訓練を受け、幼い頃から舞台に立つ経験を積みます。

宝塚歌劇団や劇団四季など多くのプロを輩出してきた、いわば「英才教育の場」での鍛錬が、今日の圧倒的な表現力の土台を作りました。

のちに萌音さんは「現在の上白石萌音を作った」とも評される存在が、この瞳まりあ先生です。マリアミュージカルアカデミー


運命のオーディション:東宝シンデレラへの挑戦

2011年、中学1年生のとき、通っていたミュージカルスクールの先生の勧めにより、第7回「東宝シンデレラ」オーディションに挑戦します。

妹の萌歌さんが史上最年少(当時10歳)でグランプリを受賞したのに対し、萌音さんは審査員特別賞を受賞。

姉妹ともに東宝芸能に所属し、芸能界への第一歩を踏み出しました。

グランプリ発表の瞬間、妹の名前が呼ばれるのを聞いて、萌音さんは感激のあまり涙を流したといいます。ORICON NEWS


歌手としての歩み

出典:アニメイトタイムズ

芸能デビュー後も、萌音さんは本格的な歌手活動への準備を着実に進めます。

  • 2012年:初の商業公演「ミュージカル『王様と私』」に出演
  • 2014年:映画『舞妓はレディ』で主演。直後から様々なジャンルの仮歌レコーディングを開始
  • 2015年:自身のYouTubeチャンネルで、ワンカット長回し・アカペラのMVシリーズ「The Favorite Songs」を公開。東京都内のライブハウスでもライブ活動を開始
  • 2017年:メジャーデビュー

Wikipedia

まとめ


萌音さんの「今」を作った3つの柱

要素内容
厳格な教師一家正論と愛情で培われた真っ直ぐな人間性・倫理観
メキシコ生活内気さを克服し、音楽と人との繋がりへの喜びを発見
マリアミュージカルアカデミー歌・ダンス・演技の英才教育で磨かれたプロとしての表現力

母親譲りの音楽センス、父親の仕事がもたらしたメキシコ体験、そして地元鹿児島の名門スクールでの鍛錬——これら三つが見事に交わった結果が、今日の「女優・歌手・上白石萌音」の姿といえるでしょう。

これからも益々活躍することでしょう。

ありがとうございました。

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