奥村仁志さんは、福井県大野市和泉地区の出身で、2000年生まれの24歳です。
羽ばたいた怪童・奥村仁志

砲丸投げ 日本人初の19メートル台
奥村仁志さんは、昨年8月、陸上のナイトゲームズ・イン福井で男子日本記録(19メートル09)を樹立。
日本人初の19メートル台に乗せた。
雪深い福井県大野市和泉地区の出身。
中学校の全校生徒が9人だった過疎地域から「怪童」は生まれた。
1年の時、相撲で全国中学校体育大会に出場。
砲丸投げは2年から本格的に始め、3年の国民体育大会で日本中学記録を塗り替えた。
角界から誘いもあったが元来、柔和な性格。
「対人競技より自分との戦いがいい」と陸上の道へ。
敦賀高時代は徹底して土台を築き、後の飛躍の布石とした。
昨年は日本選手権を2連覇。
名実ともに国内トップの座に就いたが、24歳のエースが見据える先は世界にある。
「まずはアジアから」。
今年5月のアジア選手権、来秋の愛知・名古屋アジア大会で初のメダルを狙いに行く。
(中日新聞2025年2月27日の記事から)
怪童・奥村仁志の生い立ちは?

小さい時から体を動かすのが好きで、外で遊んでばかりいたようですね。
こんなこと言ったら」失礼かも? 山奥の田舎なので、遊ぶことと言えば山に登ったり川で泳いだり木に登ったり。
必然的に体を動かす遊びが多かったのでしょう。
いろいろなスポーツをしていたようです。
かじった程度かもですが、野球とサッカーはクラブチームに入っていました。
相撲、バレーボール、アルペンスキーなんかもやっていました。
野球はファーストかピッチャーで4番を打っていました。
サッカーは最初キーパーで、そのあとはセンターバック(CB)をやっていました。
雪国なので学校の体育の授業にアルペンスキーがありました。
4年くらいやっていて県で入賞くらいはしていたようです。
スキー場が学校から見えるくらい近いところにあり、リフトはみんなタダでした。
奥村仁志はさらに高みを目指す!

初めて日本人で19メートルのを出しましたが、それでは世界どころかアジアでも勝負できる記録ではありません。
19メートル台をどれだけ安定して出せるようになるかがこれからの課題でしょう。
男子の世界記録は23メートル38、アジア記録は21メートル80。
かつては日本人は体格のハンデもありましたが、奥村仁志さんの身長190cm、体重150kgの体格なら外国人にそうひけはとりません。
その差をどうやって埋めていくかが今後の課題です。
世界との差を埋めるには、技術面に加えて特に投げの「スピード」を上げていかなければなりません。
世界とのこの4メートルの距離の差を少しでも埋めるためには、「奥村仁志らしさ」をより伸ばしていくことが大事だと考えているようです。
その一つが「スピード」を上げることだそうです。
まとめ
まれにみる巨体の大器が現れた。
日本ではいろんなスポーツで世界に羽ばたく選手が増えている。
陸上でも、やり投げの北口榛花や、かつてはハンマー投げの室伏広治は金メダルを取った。
奥村仁志さんも、そんな選手たちの仲間入りを目指し、さらなる成長と活躍を期待しています。
ありがとうございました。
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